ふりむけば、ひじき ~木彫りでフィギュア作るよ~

木彫りとか、東洋医学とか、普通じゃないことしたいですよね
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発想の借りパクと範馬勇次郎的解釈

体調が戻りません。つまりビグザムが進みません

どうも。よく食って寝ても中々元気になりませんね。
その間に進まないビグザムを見つつサイトを巡りつつ色々考えてました。
木彫りって何よ?とね。


木を使ってフィギュア作ろうって言ってるわけですが、まあ設計図書いてひたすら削ってるわけです。
削りながら角度見たりなんだりしながらなるべく精密につくろうとしてたわけですが、
これでいいのか?と思ったのです。

きっかけはサイト巡って見つけた「木彫りの球磨」でした。
前も貼りましたが、 これ です。木彫りですね。

まさに木彫りですよね。作ってみたいです。
しかしなんだか私が作ってきたものと違う感じです。
この木彫りの球磨と、自分が作っているフィギュアの違いってなんだろう。

考えた末に気づきました。木の感じです。

つまり、木材感が出てないんですよ。今作っているものに。
木を使って、フィギュアとして大切な塗装を捨ててまで木材感にこだわったのに、
していることがプラスチック使って作ってるものと同じなのです。作り方が面倒なだけ。

木で作ってるのにこんなにディテール細かい!かっこいい!ってのを目指して作ってたわけですが、
そういうもんじゃないんですよね。よく考えると。
わざわざ木で作っているのだから、求めるのは

「フィギュアとしての精密さ」 と 「木彫りとしての表現」 のバランス

なのです。
ちょっと抽象的になってきましたが、精密さと木彫りっぽさを両立させたいわけです。
木彫りのクマのような荒っぽさとフィギュアの細かさ、こいつらはどこまで共存できるのか。
そこらへんを考えて作るべきだったんですね。

まあ今まで作ってたものがソウルジェムやギターなど、模型という意味に重きをおいていたので
精密さに偏っていたのはしかたのないことだったのかもしれません。
しかし今後は何かをガッチリ再現するとき以外は、デザイン自体を改めて考えなおす必要がある、ということです。

反省すべきところですね。
人のしてないことを使用、と言いつつも枠から飛び出しきれていませんでした。
「競うな 持ち味をイカせッッ」
と勇次郎も言っておりました。やるんならとことん違うことをしろってことですかね。
中途半端が一番いけない。進むのなら誰も居ない場所へ。

とまあそんなことを「木彫りの球磨」とビグザムを見比べて考えていました。
発想自体は他人からの影響でありますが、そこから自分なりの答えを出してみたいものです。
自分一人だと中々前に進めませんね。人は他人とともに生きるべきです。

木彫りのクマでも買ってきて、眺めてみようかな。色々発見があるかも。
芸術は模倣から始まるらしいし。俺のは芸術じゃないけどな。決して。

ではまた。


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